バロックから古典派までの流れを一代で成し遂げたハイドンは、生涯に正式な番号のついたもので104曲もの交響曲をかきました。その中から ベスト10を選びます。
彼の交響曲には「驚愕」とか「時計」とか「奇跡」とか、親しみやすい名が付されたものが多いです。それは楽員に親しまれていた「パパ・ハイドン」そのままの人柄がなせる技だったのか、それとも彼のプロフェッショナルな技巧の結果であったのか・・・。
ハイドンの交響曲ランキング
以下、ランキング順に各曲の簡単な説明とおすすめCDのご紹介をしていきます。
第92番 ト長調 「オックスフォード」
いきなりそう来るか、という声が聞こえてきそうですが、私は非常に充実した密度の濃い曲としてこの曲を推したい。
第1楽章の第1主題は属七和音に乗って現れます。通常は主調を確立する主題であるはずのものが、いきなり唐突な和音で面食らいますが、その後のトゥッティでしっかりト長調が強調されます。これは非常にうまい手段で、よどみのない流れに投げ込まれた後、静寂に戻って居住まいを正して現れる第2主題の端正なこと。提示部は通常リピートされるのですが、もう一度味わうのに相応しいウィットに富んだ内容です。展開部は対位法の海の中でもみくちゃにされる第1主題と合間にオアシスのように通り過ぎる第2主題の対比が見事です。
優美な第2楽章と起伏に富むメヌエットの後には、ハイドンの曲の中で最も華麗で巧みに計算されたフィナーレがやってきます。いきなり始まる主題はリズミカルな伴奏に乗って短距離走の選手のように駆け抜けます。フルートを加えて繰り返すして全奏で確保されると経過句のようでありながら発展の可能性にあふれる第2主題が艶を加えます。展開部では第1楽章よりもポリフォニックに第1主題が拡がっていきます。コーダまで聴くものを全く飽きさせない構成の妙はベートーベンに劣らないでしょう。
なお、「オックスフォード」の名は、ハイドンがオックスフォード大に招かれたときに演奏した爲。曲の内容とは全く関係ありません。
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第104番 ニ長調 「ロンドン」
ハイドンの最後の交響曲。もう名人の域に達した作曲家が、あふれる楽想を束ねてまとめあげる様を、もはや我々はうっとりと聴きほれるしかありません。
特に第1楽章の第1テーマ、第2楽章の主題、第4楽章の第1テーマは、天才の奇跡的な霊感としか思えません。最後のものは、後にブラームスがセレナード第1番のスケルツォ主題の示唆を受けたとも言われています。
第1楽章は、荘重な序奏の後で、ハイドンが鼻歌でも歌っているような陽気で流暢な主部が続きます。リズムももはや楽譜の枠を超えて飛び回っているようです。
第2楽章は抑えた表現の中に奥行きを感じる変奏曲。第3楽章は珍しくアレグロ指定の快速なメヌエットで、ベートーベンに通じるような躍動感に満ちています。トリオの垢抜けた音色の妙は秀逸。
第4楽章は、長く伸ばされたニ音の上に畳みかけるような軽快な主題がトントントンと飛び跳ねていきます。この主題が徹底的に活用されるため、第2主題はメロディー的な側面は消され、和音的な瞑想になっています。体一杯ゆだねてみたくなる大傑作の楽章。
「ロンドン」という題名は、ロンドンセットという連作の中で一番最後だから、ということで付けられたようです。これもロンドンの街の印象とは何の関係もないでしょう。
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第96番 ニ長調 「奇跡」
題名の「奇跡」は、曲の初演の時に、演奏が終わって聴衆が舞台に駆け寄ったときに偶然客席に天井からシャンデリアが落ちたが誰もけが人が出なくて、ハイドンが『奇跡だ!!』と言ったことに由来する、ということになっていますが、どうやらハイドンは後になって『そんなことは知らない』と言ったとか。まあ由来なんてわからなくてもいいのですが。
フィナーレがお勧め。それにしても8分音符だけでこれだけ魅力に満ちたテーマをつくれるとは全く恐れ入ります。リズム的になんの変化もなしにこれだけ引っ張れるというのもハイドンの手の内にしっかりとのせられているのか? 第2主題が低音の刻みに乗せて突飛な和音で飛び込んでくるのが、おどろおどろしくて面白いです。
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第102番 変ロ長調
今回御紹介する中で唯一ニックネームがありません。しかしこれまでにもありましたが、ニックネームがないからといってその曲が魅力がないということはありません。ただ一般受けする仕掛けを、たまたまハイドンが用意していないだけのこと。そう考えれば・・・
第一楽章は、序奏の後、弾けるような第一テーマが始まります。この細かなリズムを、大股なモチーフががっしりと受け止めていきます。ここらあたりはもはや成熟の構成力です。一度驚かしてからそっとつぶやくような第二テーマは遊び心でしょうか。しかしその第二テーマが展開部で重用されるのは、リズム的な仕掛けがあるからです。
第二楽章は、モーツァルトの「リンツ」の第二楽章にも通じるような内省的なもの。ティンパニが効果的に使われます。
かっちりとしたメヌエットの後は、さらに遊び心の充満したフィナーレです。半音階的につくられた第二テーマも面白いですが、少し長めのコーダでは縦横無尽に遊んでいます。ゲネラルパウゼ(総休止)が有効に使用することによって最後まで飽きさせずにもっていきます。
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第88番 ト長調 「V字」
このタイトルの由来が実はよくわかりません。名曲解説全集(音楽之友社)にも何の記載もないのですが、CDにはこのニックネームが付されていることがあります。出版時の頭文字であったという説が有力です。
第一楽章は第一テーマが第二音から始まって面白い旋律です。二拍子でどちらかといえばゆっくりめのテンポなのですが、まるでぜんまい仕掛けのようなリズムによってとても快活な感じを与えています。ひょいひょい雀が飛び跳ねるような感じといったらいいのでしょうか。
第三楽章は、いきなり修飾音から始まる華麗なテーマですが、私はハイドンのメヌエットの中でもかなり気に入っています。トリオの落ち着きながらもくすぐるような機知に富む展開も楽しいですね。
第四楽章は、列車に乗っているかのような規則正しいリズムで始まります。バイオリンとファゴットを重ねる楽器法の妙も手伝ってとても戯けて聞こえます。再現部で、第二テーマの再現の直前で使われるゲネラルパウゼも効果的。その後は怒濤のように最終音へなだれ込みます。
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第100番 ト長調 「軍隊」
この曲がどうして「軍隊」と呼ばれるかということはあまりにも知られ過ぎているのでここでは触れません。ただ、当時の交響曲としては物珍しい楽器をうま〜く使っているのは見事。
第一楽章の主役は第二テーマです。展開部でも使いに使うわけですが、コーダでの突然の変ホ長調への転調の箇所などにも使われます。よほど気に入ったテーマだったのでしょう。
それにしてもこの三度転調というのはモーツァルトやベートーベンも晩年になってよく使っています。これが何を意味するのかはわかりませんが、学生時代の音楽の授業で「古典派」とレッテル付けされてしまう彼らが実は大変に浪漫的な響きをこの三度転調によって預言していたのではないか、と私は思っています。
後半に軍楽的な色合いになる第二楽章が「軍隊」という名の由来とされているのですが、私はむしろフィナーレの再現部での第二主題が現れる箇所での楽器法に注目したい。この部分の気分が高揚していくようなクライマックスがこの曲の白眉と思います。
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第85番 変ロ長調 「王妃」
この曲はあまり耳にされる機会はないと思います。しかしこの曲は掘り出し物でオススメです。
この「王妃」というタイトルですが、かのマリー・アントワネットがお気に入りだったからではないか、という説があります。また第二楽章の変奏曲のテーマの元は当時の流行歌であったとか。まあハイドンもなかなか世渡りに長けていたのではないでしょうか。
名の由来は、第一楽章の優美さが「王妃」のイメージにピッタリだからではないか、と思っています。第一バイオリンが長く変ロを伸ばす中で第二バイオリンが音階を静かに一音ずつ下って来て、その後で音を伸ばしていた第一バイオリンが滑らかに舞い降りる。これが何回か少しずつ繰り返されるのが第一テーマ。序奏から暗示されていた上昇モチーフで確保された後で静寂が戻り、また先程と同じように第一バイオリンと第二バイオリンが絡みます。しかしそれはもう第二テーマであり、同じ雰囲気で二つのテーマをつくるという実は掟破りをしているわけです。其のためにこれといった盛り上がりはないわけですが、終止優美さを忘れないのはまさしく「王妃」そのもの。とても素敵な楽章です。
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第83番 ト短調 「めんどり」
動物のニックネームというのは親しみやすさを増すわけですが、その由来というのは怪しげなところもあります。
この曲の「めんどり」とは、第一楽章第二主題の旋律がめんどりの鳴き声に似ているから、というのですが、正直言って私はそうは聞こえないと思います。確かに前打音を伴っているために面白いメロディーではありますが。
珍しい短調の曲なのですが、ト短調であるのは第一楽章の前半まで。第二楽章は変ホ長調、第三、第四楽章はどちらもト長調だったりします。やはりハッピーエンドでないといけなかったのでしょうか。
オススメなのはメヌエットのトリオです。フルートとバイオリンで紡ぎだされるお洒落なメロディはいつ聴いても心地よいです。これだけでこの曲を選んだかもしれません。それもまたよしなのでは。
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第82番 ハ長調 「熊」
これも動物ネタ。しかしこれは結構いけてるかもしれません。
第四楽章の出だしで、低音弦が前打音のあるハ音を繰り返すのですが、これが「熊」の唸り声に似ているとのこと。もちろん私も実際に聞いたことはないのですが、多分こんな感じではないかと思わせます。
実はその第四楽章が奇跡的な技巧的な成長を遂げたといわれている部分で、対位法を駆使した展開部はハイドンのそれまでの交響曲にはみられなかった徹底的なものです。私もこの緊張感の途切れない展開部が大好きです。
第一楽章のソナタ形式がハッキリ言って今一つおぼつかない構成で展開部も未消化なのに、何故第四楽章が充実しているかという疑問が残るわけです。この交響曲をかいている最中に、なんらかの心境的な変化があったのでしょうか。その点で興味の尽きない交響曲です。
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第45番 嬰ヘ短調 「告別」
この曲を選ぶかどうかははっきり言って迷いました。題名の由来も明確だしハイドンの計略もストレートそのもの。なんといっても少しずつ演奏者が減っていくんですからねえ。実際にコンサートで聴いたときも、本当に楽器をもって演奏者が去っていくんですから寂しいこと寂しいこと。
調に嬰ヘ短調を選んだのも、何か曲自体の緊張感を高めていると思います。聴く側の私たちにもあまり聴かない調性に奇妙な印象を与えますが、演奏者にとってもかなり面倒な曲であることは事実。第三楽章はなんと嬰ヘ長調でシャープは6つ!!!(其のためにこのメヌエットが最も華やかな響きをもっているのも事実ですが。) しかしとにかく休暇が欲しい楽団員は相当練習したことでしょう。何と言っても最も大事なフィナーレまでの流れを乱したくないわけですから。最後まで演奏者に緊張感を持続するためなのでしょうが、ここらへんにハイドンの冷静で深い計算があるようにも思います。
第四楽章はプレストの嬰ヘ短調!! もう楽団が必死になって弾いた後で、属音停止した後で、メインの「告別」コーダが始まります。しかもアダージョのイ長調で。このまま優雅にゆったりと終わると思いきや、なんと演奏者が少しずついなくなっていくのです。初演の時は聴いている人は本当にたまげたでしょう。優美なメロディーが繰り返される中で再び難しい嬰ヘ長調へ転調していき、最後はバイオリン二人がさびしく終止するのです。当時は去る時に譜面台上のロウソクも消していったそうですから、さらに寂しかったことでしょう。
それにしてもこの企画・演出はハイドンの数ある霊感の中でも最高のものでしょう。
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以上です。実は第101番「時計」がベストだという説もあるのですが、ちょっとニックネームの元になった第2楽章以外は玄人受けに走る嫌いもあって今回のランキングに入りませんでした。そういえば第94番「驚愕」も入りませんでしたが、まあそれもいいのではないでしょうか。